アイスティー

「何か頼んだら、」と彼が言ったので、アイスティーを注文した。うっすら汗をかいているグラスにそっと視線を落とす。別に特別これと言って話したいことなんてなかった。離れているときは話したいことがたくさんあるような気がするのに、いざ本人を目の前にすると何も言葉が出て来なくて、そんな自分に驚く。沈黙は別に怖くない、から、彼の言葉を待つ。「そういえばさ、」と言って話し出した彼の話は取り留めのない内容で少し安心した。
出会った頃、目を合わせない人だと思っていたけれど、今ではわたしの方が彼の目をまっすぐ見ることができなくなっていることに気づく。ちら、っと目線を向けるとパチッと視線がぶつかって、わたしはすぐに目を反らした。目を見つめられると全てを悟られてしまうような気がして。そんなことをぼんやり考えていると「おい、聞いてる?」とふわっと笑いかけられ、尋常じゃなく心臓が鳴った。そんな自分を誤魔化すようにアイスティーのストローを無造作に掻き混ぜると氷がグラスにぶつかってカラン、と音がした。「お前、何赤くなってんの?」と少し意地の悪そうな声を出した彼に「なんでもない」ととっさに返したものの、動揺を隠せない声。彼は観察力が鋭いから、きっと何もかもお見通しだ。
グラスの中の氷も、いつの間にか原型がなくなるほど溶けてしまっていた。わたしみたい、とこころの奥で呟いた。溶けてしまったら、もう元には戻れない。彼はまるで何も気づいていないような顔で、コーヒーカップに口づけた。