RAIN DROPS

突然降り出した雨、最悪の結末。天気予報なんてチェックしていないから、今日雨が降ることなんて知らなかった。さっきまで晴れていたのに、突然大粒の雨がポツリポツリと降り出し、街行く人は雨宿りしたり、コンビニで傘を買ったり雨を逃れるために必死だ。わたしは傘も差さず街を歩いていた。いっそのこと、この雨が全てを洗い流してくれたらいいのに。雨が神様の涙なら、泣きたいのはこっちの方だ。先程振り解いた手の感触が、まだ残っている。ぎゅっと掴まれたとき、あまりの力の強さに驚いた。年下だからいつまでも子どもだと思っていたのに、いつの間にか自分なんかよりもずっとずっと力が強くなっていて、その事実に戸惑った。そんな力強い手を振り解いたのは意地で、引き止めてくれたことがすごく嬉しかったのに、泣き出しそうな顔を見られたくなくてその場から逃げだした。

雨でお気に入りのワンピースや靴が濡れてしまうことなんて、もうどうでも良かった。雨と涙でぐちゃぐちゃになった顔を覆い隠すようにしゃがみこむ。びしょ濡れの自分が情けなくて更に涙が出る。彼と出会った日のことをふと思い出した。そういえば、あの日もこんな土砂降りの雨だった。突然の雨にどうしようか困って空を見上げているわたしに「せんせー、良かったらこれ使って下さい」とそっと傘を差しだした。1本しかない傘を借りて、塾の生徒に風邪でも引かせてしまったら困ると思い断ると「…じゃあ、駅まで一緒に入っていきませんか?」と恥ずかしそうに笑った彼を今でも鮮明に思い出せる。彼の照れ笑いが好きだ。年上のわたしをリードしようとして失敗したときやちょっと背伸びをしたときに見せる表情。こんな最悪な状況なのに、彼の大好きところばかり浮かんでくる。ねえ、だったらどうしてあのとき、掴んでくれた手を振り解いてしまったのだろう。後悔しか浮かんでこない。


そのとき、わたしの身体を打ち続けていた雨の気配がふと消えた。雨が止んだんじゃない。ゆっくり視線を上に向けると彼が傘を差して、そこに立っていた。「お前、ずぶ濡れ」と呆れた声を出した。ふう、とため息をつき、しゃがみ込んだままのわたしの目線に合わせて彼もしゃがむ。傘も差さずにいたわたしの髪の毛をぐしゃぐしゃと撫でて「いい加減仲直り、しよ?」と優しく微笑んだ。それを見たら今にも泣き出してしまいそうで、声にならない声で「うん」と頷いたわたしを見て「これじゃどっちが年下か分からんよなあ」と年下の彼は軽口を叩いた。生意気な言葉と裏腹にわたしの手をさらった彼の手は優しくて温かかった。