グッドナイト

「ねえ、」小さな声で呼ぶと、彼は少し眠たげな顔でわたしを見た。「どーしたの」呆れているせいか、それともただ眠いだけなのか判断し兼ねるいつもより鼻にかかった声で彼が問うた。優しく頭を撫でながら。「どうして人の気持ちって変わるんだろう」わたしの唐突な質問に彼は眠気が覚めてきたのか、撫でていた手を止めてひとつ伸びをした。「どうした急に」「わたしが中学3年生のとき、お姉ちゃんが今まで大好きだった林檎を、ある日突然嫌いになったことがあったの」彼はわたしの言葉に相槌を打ちながら話を聞く。一緒の毛布に包まりながら、こうやって話を聞いて貰ってると、幼い頃母がわたしが眠るまで隣にいてくれたことを思い出す。そんな穏やかな時間。「お姉ちゃんにも林檎を嫌いになる理由があったんじゃないの」「うん、わたしもそう思って聞いてみたんだ。そしたら理由はないっていうの。ただ、嫌いになっただけ、って…」語尾がどんどん小さくなって、みるみるうちに泣きだしそうになってしまうわたしに気付き、彼は再び頭を撫で始め、終いにはぎゅっとわたしを抱きしめた。

「ときどき怖くなるの」「なにが」「お姉ちゃんが林檎を嫌いになったように、わたしのこともある日突然嫌いになるんじゃないかって」「俺が?」ちょっとためらったように頷いたわたしを更に強く抱きしめ、「俺永遠は信じない。けど、永遠に続いてくれたらいいなっておもう気持ちはあるよ」、そう言ってわたしの頬に軽く触れた。わたしはそっと目を閉じて、夢を見ているかのように「ずっと続けばいいのに」と言った。そのあとの返事はなくて、ただ彼の寝息だけが聞こえてきたので目を開けて確認するとすうすうと寝息を立てる子どものような彼がいた。わたしはふふっと笑って、二人の永遠をまるで願うようにそっと目を閉じた。