君があの人を想う強さに比べれば僕の想いなんて到底かなわない

何を思ったのかaikoのアルバムばっかり昨日から聴いている。aikoはもともと好きで、カラオケでもよく歌うけど、どの曲もすきなひとの思い出ばっかりで胸がぎゅってされたような気持ちになる。何気なく聴いていた「キョウモハレ」の歌詞が気になってふと検索をかけてみたら、"君があの人を想う強さに比べれば僕の想いなんて到底かなわない"の歌詞が自分と重なり過ぎて泣きそうになってしまった。

昔のような友達には戻れないよ 当たり前の毎日でも特別だったし
聞こえないはずの声がする 体中が痺れてく裂けてく
「さよなら」と心だんだん離れていっても 君の仕草は忘れたくないんだ
明日の朝にはもういないんだね 今日も今日も今日も空は晴れ

すきなひとは春から千葉に行く。盛岡をもう旅立ってしまった。もう一度、盛岡に戻ってくるらしいので「最後に会いたい」と言ったけれど、会えるかどうかはまだ分からないらしい。ほんとうは、16日のバイトの送別会が最後になるはずだったのに中止になってしまったので、大地震の前の日が最後になってしまった。やっと自分の中で見つけた答えをまだ伝えられていない。メールでもいいのだけれど、わたしの言葉に見せるひとつひとつの表情を目に焼き付けておきたいから、5分でも10分でもいいから会いたいな。離れても会いに来るって言ってくれたから、その言葉を信じたい。どーせ盛岡なんて秋田に配属になった彼女に会いにくる通過点でしかないんだろうけれど、盛岡で会いたい人なんてわたししかいないって言ってたし、きっとわたしだってすきなひとが「会おう」って誘ってきたら、どんなに忙しくたって無理やり時間作ってでも会いに行くって分かってる。ので、これからもわたしとすきなひとは今と変わらない不思議な関係のまま続いて行くんだとおもう。男と女の友情、って成立するのかな。

前に、担当して下さっている臨床心理学の先生と世間話で盛り上がっているときに「いま彼氏はいるの?」と聞かれ「いまはいないです」と答えた。わたしに足りていないのは、勉学に対する意欲でもなく、誰かをおもう優しいこころでもなく、たいせつなひとを守るための強さでもなく、恐らくこころの安心感らしい。つまり、手放しで甘えたり頼ったりできる存在。強がりは自分を傷つけるだけだとおもう。そこで、気付くのはわたしが精神的な支えにしていたのはいつだってすきなひとだったってこと。以前受けたカウンセリング実習で、クライエント役をやったとき、素直に自分の悩みを相談した。それに付随して、彼の存在についても話す必要があったのでお話したら「そう、あなたにとって彼は核となる存在だったんですね」と言われて、とても衝撃だったけれど納得した。でも春からはそんな彼もいないし、どうしたってこころはぐらつくはずなので、いまから覚悟しておかなくちゃいけない。